第22回 山下公園・日本郵船氷川丸
横浜関内エリアは中華街と赤レンガ倉庫だけではない。歴史的建造物が多くて結構楽しめるエリアです。
そんな中で訪れた日本郵船氷川丸。
映画「タイタニック」が流行った頃に出会いを期待して、友人と苫小牧~東京湾までフェリーで船旅をしたことがあります
所要時間 約25時間。
とても買えない貴重な時間。今でもあの時の船旅を思い出します。
それ以来、船はどこか好きなのです。
氷川丸はそんな当時のゆったりとした時間を思い出させてくれました。
日本郵船氷川丸
ようこそ、古きよき船旅の世界へ
まだ船が海外航路の唯一の手段であった頃から、
氷川丸は人々の夢と希望を乗せて太平洋を横断してきました。
その後、時代の流れにより数奇な運命をたどりましたが、
まるでタイムマシーンのように古きよき船旅の様子を今に伝えています。
どうぞシアトルまでの航海をお楽しみください。
日本郵船氷川丸
氷川丸は1930年4月25日に横浜船渠株式会社(現、三菱重工業株式会社横浜製作所)で建造されてシアトル航路へ就航し、 約30年にわたり洋上で活躍しました。
現在は、日本の造船技術や船客の船内インテリアを伝える重要な産業遺産として高く評価され、2003年、横浜市指定有形文化財に指定されています。
日本郵船氷川丸 パンフレットより
山下公園→カップル→ヤル。という謎の脳内イメージがあります。
「赤い靴はいてた女の子」の像。異人さんに"売り飛ばされた"とずっと思ってたw
山下公園から横浜大桟橋が見えます。豪華客船は停泊していないようです。
左に見えるのはプレイ用の三角木馬……ではなくて、一等船客用の児童室です。
児童室天井の絵が貴重なやつ……だったような。何でかは忘れました。
一等読書室。ブルジョワは客室で本を読まずに、わざわざ読書室で読むのか…?
ブルジョワは日本語の本なんて読まないらしい……三等の私にはタイトルすら理解できませんw
ここは一等社交室。「最近儲かってますかな」「それほどでも」……そんな下世話な会話はしないか。
ついに到着、一等客室!当時としては豪華な客室だと思いますが、"ワンルーム"と考えてしまうとビミョー。
船長室。社長室とか船長室とか乗務員の部屋をこんなに豪華にする必要はあるのだろうか、と思ってしまいます。
速度を機関室に指示する装置。FULLにすると太鼓の音に合わせて奴隷がオールを必死に漕ぐイメージが…。
波を切る船に乗って、屋外デッキで風にあたると気持ちよさそうです。写真奥ではカップルが語り合っていました。けっ。
デッキから山下公園を望む。近くでオッサンが鼻歌を歌っていて、不思議と雰囲気にマッチしてました。
ここからはマニアには堪らない機関室エリア。巨大な機械がガシガシ動くイメージで圧倒されます。
このムカデの足のような機械が一糸乱れずに動いて船は初めて動くのだろう。男のロマンです。
操舵室のアレがここに伝わってくるのか……でも上と表示が違うような。
電話室。エンジン音があまりにもうるさいので電話室から機関室と話をしていたとのこと。
これが上下に動いてスクリューを回転させる。映画「タイタニック」で同じの見た。
シアトルへの豪華客船として。そして戦時中は病院船として。戦後再び国際航路へ……歴史の証人としていつまでも大切にしたい船です。