第31回 海上保安資料館横浜館・旧税関事務所遺構
スポット情報
名称 | 海上保安資料館横浜館 |
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住所 | 神奈川県横浜市中区新港1-2-1 赤レンガパーク隣 |
休館日 | 月曜、年末年始(12月29日~1月3日) |
サイト | 海上保安資料館横浜館 |
初回訪問 | 2013.02.24 |
連日のように報道されている尖閣諸島へのチャンコロ中国船の挑発行為。
私なんかこのニュースに接するたびに腹立たしい気分になります。
日本近海にひしめいているゴロツキ国家。
そんなゴロツキ国家から日本の領海を守ってくれているのが海上保安庁。
かつて北朝鮮の工作船が日本近海に出現し、問題となっていました(ニュースになっていないだけで現在進行形かもしれません)
その中でも九州に出現した工作船が海上保安庁の船に対して発砲。銃撃戦の末、自爆・撃沈した事件がありました。
そのときの工作船が展示してあるのがこの施設。
是非、一度足を運んでみて下さい。
なまなましい展示品の数々に驚き、背筋に寒気が走りました。
そして海上保安庁に感謝!
海上保安資料館横浜館
工作船の概要
平成13年12月22日、海上保安庁は防衛庁から九州南西海域における不審船情報を入手し、直ちに巡視船・航空機を 急行させ同船を捕捉すべく追尾を開始しました。
同船は巡視船・航空機によるたび重なる停船命令を無視し、ジグザグ航行をするなどして逃走を続けたため、 射撃警告の後、20ミリ機関砲による上空・海面への威嚇射撃及び威嚇のための船体射撃を行いました。 しかしながら、同船は引き続き逃走し、巡視船に対し自動小銃及びロケットランチャーによる攻撃を行ったため、 巡視船による正当防衛射撃を実施しました。この工作船の攻撃により海上保安官3名が負傷し、巡視船に甚大な被害がもたらされました。 一方工作船は、自爆と思われる爆発を起こし、奄美大島から西方約390キロメートル付近海域において沈没しました。
なお、工作船は沈没から約九ヶ月ぶりの平成14年9月11日、海底から引き上げられました。
海上保安資料館横浜館パンフレットより
名前の通りかつては汽車が通るための線路がありました。どこまで続くのでしょう…。
"みなとみらい"の風景。船の帆をイメージしているのか青に白が映えます。
線路はビルの足元のところで切れていました。歴史を感じる一コマ。
赤レンガ倉庫の広場から巨大な横浜大さん橋が見えます。
赤レンガ倉庫のすぐ近くに旧横浜港駅プラットホームがあることはあまり知られていない。
もっとも自分も番組「ブラ・タモリ」で知ったのですが……汽車道の線路の終点はこの駅なのです。
在りし日の姿。解説によれば大正3年(1914年)建設。ガス暖房や電気照明も完備されていたとか。
黒焦げている部分は震災の炎で焼かれたのでしょうか。震災の凄まじさを物語っています。
いよいよお目当ての海上保安資料館横浜館です。赤レンガ倉庫をちょっと奥に行ったところにあります。
倉庫の中に工作船がどーんと鎮座しています。カメラがしょぼ過ぎて全体が収まらない……。
引き上げられた北朝鮮工作船の機関砲。これは偵察ではない。もはや戦争だ。
船尾部分。後の扉がパカッと開いて、中から小型ボートが出てくる仕組み。
船尾内部。かなり広い。工作船って小型漁船ぐらいに思っていましたが、かなり大きいです。
これも弾痕。巡視船の20mm機関砲は船体を突き抜けていました。
工作船は日本船籍を偽装していました。"宮崎"の文字。姑息な!
スクリーンには工作船射撃のシーンが繰り返し流れていました。穏便にすませろとか、そんなレベルじゃない。命張ってます。
ロケットランチャー。こいつら本気で日本に戦争を仕掛けようとしています。
82mm無反動砲。武器の数々を見たときに恐ろしさに背筋が凍りつきました。
工作船のエンジン。速力を上げるために魔改造とかしているのか?
パネル展示もあり工作船事件の概要が分かりやすく解説してあります。
昭和23年5月1日に海上保安庁は発足しました。それから今日まで遭難者の捜索や海上警備に大活躍しています。
無防備マンとか頭の中に蛆湧いている連中は一度見学に行って下さい。尖閣問題もそうですが危機はすぐそこにあるのです。