伊豆高原 大室山でK松氏とアーチェリーをすることになったのですが…。いざ行ってみれば衆目を一身に集める羞恥プレイ状態。 そして、すっかり尻込みする私。
はたしてアーチェリーは出来たのか。後編。
ツンデレ店員
山頂にある店舗スペースの割には品揃えが壊滅的な薄暗い売店を覗いてみると、確かに店の一角に
「アーチェリー 1時間1,000円」
そっけなく書かれた看板を見つけた。
……意外と高いな。だがインストラクターの指導込みの料金と考えればむしろ安すぎるか。
「すいませーん」
店員が誰もいないので店の奥に向かって彼が声をかけた。すると奥から、妖怪ぬらりひょ(ry……もとい、
愛想の悪そうなおばはん店員が出てきた。
「アーチェリーやってみたいんですけど」
「1人1,000円になります」
「あの……全くの初心者なのですが」
「ここでアーチェリーされるお客さんはみなさん初心者ばかりですよ」
店員の言葉を聞いて少し安心した。もっとも、どの程度の実力の持ち主を「初心者」と称しているのかは不明だが。 弓すら触ったことない人間は「初心者」どころか「論外・お話にもならない・人外」なのかもしれない。
店員は慣れた手つきで弓を2つ取り出し、それぞれに弦を張った。そして1人あたり矢を5本(※1)支給された。
(※1)1人あたり矢を5本……ちなみに紛失すると1本500円追加で取られます。
続いて装備の説明。
「……皮のサックを右手の指にはめます。人差し指、中指、薬指の3本にかけて、腕の部分で止めます。
そして左腕は矢を放ったときに弦が当たることがあるので、こうやってガードをはめます。左手は伸ばしたまま、
右手で弓を引いて、離すと飛びます。とにかく左手を伸ばすことが重要です。では、いってらっしゃい」
「はい……?」
このような内容を立て板に水の如く説明されても困る。後でインストラクターに一から教えを乞おうと考えていたので何一つ聞いていなかった。 まさかこのおばはんがインストラクターか?こう見えても実は元オリンピック選手で引退後は大室山に隠棲し、 密かに後継者の育成に情熱を燃やしていたり……の割には面倒くさそうに説明していやがるな。 もしかしてこれが今流行のツンデレってやつか?だとしたらずいぶんマニアックだよな。
などと妄想を膨らませていたときに聞こえてきたのが「いってらっしゃい」のセリフ。 獅子の親は我が子を千尋の谷から突き落とすという。まさに千尋の谷(=火口)に突き落とされて再起不能の気分。
いわゆるここでアーチェリーを体験する"初心者ばかり"の客は、今の説明で矢が放てるようになるのだろうか。 こっちは矢のつがえ方も知らないというのに。
「あの……矢はどうやって弦にかければいいんですか?」
恐る恐る聞くと、店員は面倒臭そうに教えてくれた。しかし質問はそれで打ち切りという感じだった。
しばらく店内にあった「アーチェリーのやり方」という張り紙をガン見していたがよく判らず。結局、弓を担いでアーチェリー場へ続く階段を降りた。あとは体で覚えるんだ。
背後からビシビシと外野たちの視線を感じた。
アーチェリー場まで降りると、不思議とギャラリーの視線は気にならなくなった。別の表現をすれば"開き直った"とも言う。
途中で上の方から「アーチェリーやってるぅ~」という子どもの声にも「はいはい、やってますよ」と呟くほどの余裕すらでてきた。
それはともかくアーチェリーである。
早い話が矢をつがえて、弓を引いて、手を離せばよいのだろう。簡単なことだ。自分にそう言い聞かせて見よう見まねで弓を引く。
的は遙か遠く、そして小さい。右手で弓を引くとそのぶん左手に過重がかかりブルブルと震えて狙いが定まらない。
(……南無八幡大菩薩。扇の要をひいふっとぞいきってくれよ、、、と)
心の中で念じ、一息入れて矢を放つ。矢は虚空を一直線に……って届かねぇ。
矢は的の遙か手前で力無く落ちた。
(巨大怪物を倒したときは自動的に弓を引いてくれたしな……)
この期に及んでまだ夢の中にいた。
(もっと強く引けば良いのだろうか……)
弓を引いた瞬間に弦が切れたらどんなにおぞましい結果になるのかと一瞬恐怖が頭をよぎったが、次は思いっきり引く。 狙いなど定まるわけもないので、適当なところで矢を放った。
ばいんっ。
なんとも勢いのない冴えない音だったものの、矢は的に向かって一直線。すぐ後に遠くから芝生に刺さる音が聞こえた。
才能開花?
通算で7本目ぐらいの矢を放ったときに、明らかに芝生に突き刺さるときとは違う小気味良い音が耳に飛び込んできた。
(おっ……!)
50%の期待と50%の確信を抱いて的に駆け寄ると、
ど真ん中、キタ━━━( ´∀`)・ω・) ゚Д゚)゚∀゚)・∀・) ̄ー ̄)´_ゝ`)-_)゚∋゚)´Д`)゚ー゚)━━━!!
仮想世界ではなく、現実でもアーチェリーの才能はあったのだ。「能ある鷹は爪を隠す」である。うはははははは。
……という幻を見た。
ねつ造乙。
実際は成果はこちら。
それからは一向に的に当たらず悔しがるK松氏を尻目に絶好調。6、7本中1本の割合で的中。もっと誉めていいぞ。
それにしても相変わらず矢を放つとき、勢いのない音(※2)が弦から聞こえてくるのは気になった。
(※2)勢いのない音……対照的にK松氏は小気味良い音を立てて矢を放っていた。当たらないけど。
と、しばらく調子に乗っていたのだが、やがて矢を放つとき勢いのない音がする理由が判った。
次第に右手中指に痛みがはしるようになり、弦を引くのも辛くなってきたのだ。右手中指を見ると見事に指は腫れ先端はどす黒い血豆になっていた。
指が他人より細いため、本来第2関節で止まるべき皮のサックが思いっきり指の根本まではまってしまっていた。 それゆえ指の根本で弦を引いていたので、矢を放ったときに指のリーチが長い分、弦から指が離れるのが遅れ、 弦が中指の先端に当たっていたらしい。
知らぬが仏。気づいてしまったが最後。痛みはじわじわ体を蝕み、情熱を奪っていく。
(もう十分やったし、いいか……)
自己完結した満足感に浸ろうとした矢先。その十分(じゅうぶん)が実は十分(10分)だったことに気づく。残り40分あまり。 まだ20射も放っていないので、1射50円以上か……無意識のうちに計算してしまう、この貧乏根性が嫌だ。
しょうがないので(←貧乏根性丸だし)痛みを堪えて続行。
弓を引くたびに腫れた指先が細い弦でぎゅうぎゅう押しつけられ激痛が走る。なんでこんな痛い思いをしながらアーチェリーをやらねばならないのか。
恨み言の一つでも言いたくなる。
最初に始めるのには勇気がいる
ブーブー文句を垂れながらも結局、時間いっぱいまでアーチェリーをやった。
最初はまったく当たらなかったK松氏も次第に的中率が上昇。逆に的中率が下がったのが自分。
指の痛みを気にし出してからはお話しにもならなかった。最後は完膚無きまでに叩きのめされた。
最初の40分は我々の貸し切り状態だったものの、最後の方はカップルが1組(2人)、男性グループ6人。次々と弓を抱えて階段を降りてきた。
大方、上から我々がアーチェリーをやっているのを眺めて「ウチらもやってみようか」などと考えたに違いない。
あのアーチェリー場は誰かがやっていると後に続きやすい雰囲気はあるが、最初にやるのはかなり勇気がいる。
そういう意味では我々がパイオニアとして特攻したおかげで、残りの8人を引き入れたとも言える。これであの施設は10,000円も余分に儲かったわけだ。
……紹介料もらえませんかね。
適度に汗をかいた我々は時間になったため、再び売店で借りた道具を返却し……って店員が誰もいねぇ。まったくのやる気のなさに驚く。 店の奥に向かって大声で呼ぶと、例のおばはん店員が出てきた。
道具を返却しながら
「初めてでも結構当たるもんですね」
素直な感想を述べたつもりだった。ところが、あのおばはん。
フッ……
鼻で笑いやがった。
やっぱりツンデレ店員だったわ。キーーーっ
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