月曜日とか祝日の翌日などは、社内での打ち合わせが設定されていることが多いもの。
課長との退職日交渉と部長への最終回答をいつしようか……辞意を伝えた日と同じぐらいの緊張感で出社。
不思議なことだが、退職することは他の仲間にはあまり知られたくないもの。 以前おおたさんが紹介してくれた"円満退社のコツ"というWebサイトにも「退職の意思表示は、まず直属の上司から」とあるように、他の社員に伝えるのは退職が決定した後がセオリーのようだ。 他の企業では不明だが、弊社のような小さな会社では部課長は机にふんぞり返っていることは少ない(特に課長)。社内外の打ち合わせなどで不在なあることが多い。 そんな状況下で部課長とサシで話すというタイミングはそう簡単には訪れるものではありません。
そもそもなんで課長と部長と別々に話さなければならないのか謎だ。自然にそのような流れになっているのだが……。 部長に話した内容が課長に伝わっていなかったりと社員の退職に関する情報の共有は微妙。 考えてみれば社員の退職なんて仕事の割り振り以外、どうでも良いことなのかもしれないが。
本日もたぶんに漏れず社内打ち合わせが多く、数少ない会議スペースの午前中の予約は埋まっていたため最終回答は午後か、翌日以降になるかと思われた。
午後。
まずは課長への報告が先だろうと考えたものの、ウジウジしている間に時間は飛ぶように過ぎてしまった。 また自分も今日中に原因を見つけなければならない不具合調査依頼が立て続けに舞い込み、そこそこ忙しい状況になってしまった。 そんな中、フロアの大半の人間が社外打ち合わせに出掛けてしまい閑散とし始めた時間。O課長が何気なく私の席へ歩いてきた。
O課長「……考えてくれた?」
と、小声。今やっている仕事の用件で来たのかと考えていたので唐突な問いに驚いた。すぐ退職日の件かと思い出し、たまたま空いていた会議スペースへ。 「部下から報告があるのが当然だ」という変な意識に凝り固まった上司が多い中で、こういうO課長の身軽さは尊敬する。 本当は自分から課長に話があると報告すべきだった……課長、申し訳ありません。
O課長にはそのまま伝えた。年度末(=2月末)はさすがに厳しい。しかし11月末であれば問題ないとishiiと打ち合わせた妥協案を提示した。 課長は「中途半端だよねぇ……年内までにしない?」といつもの明るい調子で提案してくれたが、お断りさせてもらった。 ishiiは12月末まででもなんとか大丈夫と言ってくれていたが、退職することが決定している以上、ズルズル居残ることはあまり得策ではないと考えたからだ。
O課長は暫く考えていたようだったが「……こっちも無理言っているんで、これ以上無理言ってもしょうがない。判りました。」ときっぱり。 この時をもって退職日は11月30日に決定。
後は部長にいつ最終回答を行うか。前回の部長面接で提示された懸念点を払拭できるような確固たる回答は持ち合わせていなかったが、すでに賽は振られている。 目標に向け自分の意志を貫き通さなければならない。
夕方なり社外打ち合わせに出掛けていた人間が帰ってから、部長・課長・主任(→「シュニン誕生」参照)が集まり、 今後の仕事の状況と人員のアサインについて打ち合わせていた。
その打ち合わせ終了直後。M部長に会議スペースに呼ばれた。部長はホワイトボードを指さし「……これなの?」と聞いてきた。 ホワイトボードにはウチの部署全員の名前と今後の仕事に対するスケジュールラインが引かれていた。私のスケジュールラインは11月末まで引かれていた。 部長はこのことを指さしていた。
私は「はい………」と答え、会議スペースの席に座った。
部長にはこの間の面接の時の懸念点について話した。確かに派遣やらアルバイトで人間を常にアサインすると部長の試算通り赤字になってしまう。 しかし仕事を外注に回し、それを成果報酬とすることで黒字計算になる……と。
話を聞いた部長は、そうだろう。前回聞いたときに税理士がついているという話だったから、うまく行くだろうとは思っていた。税理士もさすがに嘘はつかないだろう、と。「ただし……」
外注に仕事を頼むということは入ってくる仕事が安定していないということは認識しておくべきだ。 仕事が定期的に入ってくる状況が確定しているのだったら外注に頼むより、社員を雇用して仕事をさせた方が安く上がるから。と付け加えた。
(なるほど……それでishiiは私を雇おうとしたのか?)
自分はそんな経営のイロハも知らずに彼の所に行こうというのだから、ある意味無謀だと思う。
さらに部長は、前回も話してくれたのだが彼の会社が大きくなってからの私の身の振りを一番心配してくれた。 自分も営業して仕事を取ってくるようにならないと、今は良いかもしれないがそのうち立場が危うくなるぞ、と。
部長は話すつど「その覚悟はある?」「覚悟は決めたのか?」しつこいほど聞いてきた。私はこの段階に至っては、覚悟はないが「はい」と返事をする他なかった。 返事を聞くたびに部長は嘆息した。そして私はそのため息を聞くたびに部課長からの恩を仇で返すような申し訳ないような気持ちになった。
部長は幾度と無く自分のことを心配してくれた。だがそんな中、私は自分が天性の楽天家(←何も考えていないだけ)だったことを思い出した。 さんざん心配してくれている心の中で「……なんとかなるだろ」と根拠もないのに考えている自分がいた。 だがそれとは対照的に深刻な表情をしていたはずだ。この弊社での6年間。処世術として自然とそうなった。
入社したばかりの頃は楽天的な行動を取り、それがそのままの表情になっていた。だが以前いた部署で最初の評価面接の時に「いつもヘラヘラしてる」と部長に言われてから自分は変わった。 心の中では「たいしたことない」「なんとかなるだろ」と思うようなことでも深刻そうな表情をするようになった。 だが深刻そうな表情はいつしか逆に自分の心まで取り込む。次第にネガティブな発想が多くなり、それがいつしか"生真面目"ととられるようになった。
どうやら昔忘れた楽天家の癖が表に少し出てしまったようだ。部長に「学生気分が抜けていないんじゃないか」と指摘され動揺した。 そのとおりだと思う。弊社に入社したときには夢を持った学生が集まった和気藹々とした雰囲気を期待していた。ishiiの会社にもどこかそんな雰囲気があるという幻想を捨て切れていないのだと思う。 しかし会社として組織として維持するためには、楽しいことばかりではない。時には意見の対立や衝突が必要であることも十分過ぎるほど知っていた。
閑話休題。
M部長は最後通牒を突きつけた。
M部長「覚悟を決めて出て行くのだから、もうウチの会社に戻る場所はないと思え。その覚悟はあるのか?」
私「……はい。本当にご迷惑をおかけします」
部長は「……ホント(迷惑)だよ」と大きなため息をついた後「じゃぁ、決まりだな」と。
この瞬間、自分が11月30日に退職することが承認されました。
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