先延ばしになっていた退職の相談日が来た。
昨日の夜、再び書き直した「退職願」が鞄の中にあることを確認し、それをいつ提出しようかと思案していた。 と、いうか退職予定日まで残り4日。思い描いていた予定では2週間前に社内掲示板で告知。最終日に挨拶回り&(恒例の)送別会。 贈呈品に何を貰うか候補まで絞り込んでいたのに……!退職することすらいまだに決まっていないため、周囲にも話せない。
このまま最終日にこそこそと何事もなかったかのように帰社。そして退職という流れはできれば避けたいところ。
午前中は何事もなかったかのように過ぎた。
午後。昼休みに行われていた部課長会議終了後、課長に呼ばれた。
「どう?」と聞かれ「考えは変わりません。退職します」いつものやり取り。
「……ある程度の(退職の)検討期間を設けるというのは、これまでやりたくても出来なかったし、今回初めてなんだよね」「そうですね。過去に前例がないと思います」 「それでも……ある程度のスパンで考えてみるつもりはない?」「ありません………申し訳ありませんが」「いや、別に申し訳なく思う必要はないよ。お前の人生なのだから」
う~ん……課長は腕組みをして考え込んだ。「……わかりました。あ、それでH田さん(※1)が話したいって言っているから話聞いてきてあげて」
(※1)H田さん……弊社の営業部長。弊社で2番目に偉い人。
どこぞの大企業ならば弊社ナンバー2はそれこそ雲の上の人なのだろうが、社員40人程度の会社ならばみんなよく知った人ばかり。 そこが弊社の良いところの一つなのだが。とは言うものの入社以来、H田部長と面と向かって話す機会がなかったのでさすがに緊張する。
会議室に通され、H田部長と面接。
H田部長は自分がこの会社に来るまでの間に4、5回転職をしてきた経緯を話してくれた。 「ま、俺も転職しているから判るんだけど、転職先がバラ色に思えてくるんだよな。しょうがないけどな。 今から話すことを聞いて、それでも行くって言うのだったら止めはしない。 ウチの会社にずっといるのもアレだけど……って、俺が言うのもなんだけど(笑)」
こう前置きしてH田部長は2点話をした。
1点目はishiiが会社を運営していく上で生涯のパートナーとしてお前を必要としてくれているのか。 それともただ単純に今、忙しいから必要としているのか。そこを見極める必要がある。 まだ2人の時は良い。ただこれが3人、4人と増えていくとキツくなってくる。誰の売り上げが伸びていない、とか。色々な面で。
2点目は、ウチの会社にいつまでもいろと言うつもりはないがあと数年、ウチの会社に残ってスケジュール管理とか、顧客との折衝とか、 スキルを積んでから転職活動をすれば、もうどこからも引っ張りだこだ。 ウチの会社でいつまでもコーディングをして、そのうち35歳、40歳となっても活躍の場はない。人には年相応に求められる能力があるからだ。
2点目については以前どこかで聞いていた話なので、いつまでスキルを積んでも自分に満足することはない。だからここまでやれば大丈夫という線引きはできない。 だったら新しい会社でやって同じだと、丁重に反論させて頂いた。
1点目についてはよく判らない。彼を信用するほかないからだ。H田部長には「彼は会社の将来を考える上で私を必要としてくれているのだと思います」と言い切った。
「……いづれにせよ」と前置きした上で、ウチの会社にいるにせよ、転職するにせよ、人間強くなれればそれで良いと思う。 M部長もO課長もお前ともっと一緒に仕事をしたいと言ってきている。ただ自分で移ると決めたら、はっきり言った方が良い。あいつらのことは気にせずにな。
転職を何度か経験して酸いも甘いも経験しているH田部長はそう言って励ましてくれた。
自分の席に戻った後、入れ替わりに内線がかかってきてH田部長とO課長が呼ばれていった。おそらくH田部長と話しているのだろう。 結局この日はこの後何事もなく過ぎていった。
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