ようやく本六合目(標高2,700m)まで到着したわれわれですが、本当の困難はこれからでした。
はっきり言って富士山を甘く見てました。
サルマン
本六合目を過ぎると灌木も消え、本格的に岩場地帯を歩くことになります。 この辺りからさかんに「落石注意」という看板が目につくようになってきました。
つづら折りになった岩の階段や坂道を一歩一歩登っていきます。勾配も本格的になってきました。
昼間ですと黒色の岩がごろごろ転がる斜面が一杯に広がり、緑の草が転々を生えている風景を目の当たりに出来るのでしょうが、
いまは夜中。闇しかありません。
その闇の中をヘッドランプが照らす足下の灯りだけを頼りに登っていくわけです。ここからが本格的な富士登山。
五合目~六合目付近で樹林帯に守られていたために助かっていた風が、直接体を打ち付けるようになりました。 轟々、轟々と、冷たい風が容赦なく体に当たります。もう周囲は風の音しか聞こえなくなっていました。
イメージ的には映画「ロード・オブ・ザ・リング-旅の仲間」でモリアの洞窟を抜ける前に一行が歩いていた雪山があったと思います。
あれの雪がないバージョンとでも思ってもらえれば良いかもしれません。
もしこの風の元凶である魔法使いがいるならば、一言恨み節でも言ってやりたくなります。
打ち付ける風は容赦なく体力を奪います。とうとう寒さに耐えきれずにリュックから防寒具(スキーウェア)を取り出し、身につけました。 防寒具はこれで最後。これ以上寒さを感じるようになったとしても上に羽織るものはありません。
七合目に辿り着く前にこの寒さ。これが山頂に着く頃にはどうなってしまうのか。不安を感じていました。
吹きさらしの中、それでも一歩一歩足を前に出していかねばなりません。
もう周囲の風景を見るどころか、前方すら見て歩く気力はありませんでした。ただ自分の足下だけを見つめて歩き、次の大休止ポイントはまだだろうか。
いつまでも続く苦痛をただ耐えるだけでした。
そしてふと斜面を見上げたときに山小屋の灯りが遠くにあるのを知り、がっかりするのでした。
聞こえる音と言えば猛然と打ち付ける風の音の合間に、顔面に直接受ける風でさらに息苦しさを感じるため、口で「はぁー、はぁー」と深呼吸する音が混じっていました。
リーダーのS藤さんが小休止を告げる(だいたい10分歩いて小休止というペース)と、崩れるように岩場にへたり込むようになりました。
この小休止の間に他のメンバーがくれるお菓子が嬉しく感じました。
事前準備のときに甘いお菓子を中心に買ってきていたのですが、弟が買っていた干し梅のお菓子がたまらなく美味しく感じました。疲労した体がしょっぱさを欲していたようです。
七合目「大陽館」(標高3,090m)
日付も変わり、0時10分。
出発してから約4時間40分。
ようやく標高3,000mを突破することができました。
実はこの地点での記憶はほとんどありません。 もう精も根も尽き果てたといった感じだったように思います。疲れ切っていたために写真を撮る気力すらなかったようで、この場所での写真は1枚もありません。
天候が回復はいまだ基調にあり、ご来光が拝めるかも知れないという淡い希望だけが登頂チャレンジへの原動力となっていました。
夏なのに地平線付近に見えるオリオン座(※1)が美しかった。
(※1)オリオン座……言うまでもなく冬の星座。
高山病の恐怖
まだまだ標高が低かった頃に、追い抜いた大学生(?)集団が「やべぇ、俺、高山ってるかも」などと言っていたのを記憶しているかもしれませんが、 聞くところによれば、高山病は3,000m以上の標高でかかる人が多いらしいのです。
つまりここまで無謀なペースで登ってきたのかどうかの真価が問われるわけです。
自分たちはかなりの亀ペースで登ってきたので大丈夫だと思う(※2)のですが、それでも高山病の恐怖を間近にし、心なしか緊張してきました。
(※2)大丈夫だと思う……体質的にどうしようもない人もいます。
本七合目「見晴屋」(標高3,250m)
1時13分。
出発してから約5時間40分。
本七合目(標高3,250m)到着。
高所は空気が薄いというは常識ですが、よく冗談である「く、空気が薄い……苦しいっ」というようなことはありません。
……だいたい富士山の空気はそこまで薄くありませんし。
しかし少し歩くだけですぐに息があがって頭が少しフラフラすることから「これが空気が薄いということなのか」と、なんとなく実感できます。
ここでリュックから携帯酸素ボンベを取り出し吸引。私は気休め程度にしかなりませんでしたが。
標高もここまでくると登山者全員が疲労困憊らしく、山小屋の壁にもたれかかって座り込む人、地面にしゃがみ込んだまま動かない人が結構いました。
100円支払ってお手洗いへ。
小の方でしたが、トイレの扉を開けた瞬間にむわっと小を流していないあの匂いが鼻をつきました。
こんなところに水洗用に使う水の余裕などあるはずもなく、当然と言えば当然でしょうか。
ただ「トイレ=水があるのが当然」という変な常識に凝り固まっていたものですから、整備されてもこの程度かと少し驚きました。
メンバーの状況としては、T橋君は相変わらず辛そうでした。ベンチに座り込んではもう言葉を交わす気力も残っていないようでした。
私はもう疲労困憊。T嶋君は疲れているようでしたが、まだまだ元気の様子。弟もT嶋君と同じぐらいでしょうか。
(これが若さか………)
などと某アニメのセリフを思い出していたら、リーダーのS藤さんはさほど疲れていない様子。
どうやら若さは関係ないようです。
残り500m。
この調子だと日の出前には山頂にたどり着けそうです。
(つづく)
Comments